注文してから丁度1週間後、ラトビアから例の物が届いた。KLUDIのシングルレバー用カートリッジ「7560500-00」である。
ボリビアから来るのは野性的で冴えてる連中だが、ラトビアから来るのは白く小さな工業製品だ。
記者がラトビアとの関わりを持ったのは今回が初めて。一刻も早く先日中途半端に直した水栓を完全に復旧したいところであるが、その前にラトビアという国自体がどうにも気になる。一体、この白いパーツはどういうところから届いたのだろうか。
外務省のウェブサイトによると、国土の面積は6.5万平方キロメートルで、日本のおよそ6分の1。人口は2018年1月現在 で211万人というから、札幌市(約195万人)と名古屋市’(約230万人)の間くらいだ。首都はリガで、言語はラトビア語。歴史的にはリトアニア・ポーランド領になった後、ロシア領を経てソヴィエトに編入され、1991年9月6日にエストニア、リトアニアと共に独立している。いわゆるバルト三国のうちの一つだ。その後は2004年にEUに加盟し、2014年からはユーロも導入されているという。ヨーロッパを周遊する際に、通貨が変わらず国をまたいで移動できるのは非常に便利だ。観光地としてはどうなのだろうか。
「ラトビアと言えば、首都のリガや歴史情緒あふれるリガ旧市街が真っ先に思い浮かびます。そこにはアールヌーボー様式の建築物、ドーム大聖堂や聖ペトロ教 会、パールダウガヴァの木造建築があり、また東ヨーロッパ最大の中央市場、高級レストランや居心地の良いパブ、また博物館やギャラリーなど豊かな文化をお 楽しみいただけます。」(ラトビア政府観光局ウェブサイトより)
旧市街が残る街とは好ましい。人と街のスケールが近く、また何世代にもわたって営まれて来たような店が残り、人々も「我が街が世界でいちばん」であることを誇りつつ生活している。スクラップアンドビルドを繰り返し、20年もすれば景色が変わるようでは、心のよりどころが無くなってしまう。旧市街では、そこに暮らす人を含む大きな存在が丸ごと肯定されているように感じられ、旅をしていても非常に心地よい。
惜しむらくは駐日ラトビア大使館の所在地が、渋谷区神山町であること。大規模な建て替えを計画しているNHKの近くだ。変化の激しい渋谷から、閑静な住宅街に多くの大使館が集積する麻布地区への移転を検討して頂きたい。
経済的にはどのような国なのだろうか。一人当たりのGDPは2017年時点で15,000ドルほどというから、かつて領有されていたロシアよりも高く、日本のおよそ4割ほどの水準だ。ラトビアから我が国への主な輸入品は、木材,泥炭,家具とのことだが、我が社にとっては「衛生機器」一択である。
それでは、封筒を見てみよう。エアパッキンが裏打ちされた黄色い封筒だ。サイズ的には新聞1面を2回折ったサイズ、すなわち1/4よりも少し大きい。これが書留で届いた。「prioritaire prioritara」とのスタンプがある。前者はフランス語で、後者はラトビア語でいずれも「優先」という意味らしい。我が社が大切な顧客であるかのように感じさせられ、うれしく思う。「petit paquet」ともある。これまたフランス語。フランス経由で届いたのかと思い、郵便局のウェブサイトで追跡番号を検索すると、ラトビアの国際交換局を出た後は川崎東郵便局を経由して芝郵便局に届いたようだ。
郵便と言えば日本では赤色のイメージだが、ヨーロッパでは広く黄色が使用されている。フランスでもドイツでもスイスでもポストや郵便車は黄色い。そして、大抵の場合ホルンのマークがついている。だが、裏面の「LATVIJAS PASTS」とプリントされたテープについているのは封筒マーク。大国に翻弄されつつも、自国のアイデンティティを失わずにバランスを取っているかのようだ。そしてその下には手書きで何やら書いてある。ややクセのある字体だが、これは明らかに住所だ。詳細な住所の記載は避けるが、クラスラバという街の〇〇フキンスさんから届いたようだ。〇〇フキンと言えば、スナフキン。説明するまでもないが、フィンランドの作家トーベ・ヤンソン作のムーミンに出てくるニヒルなキャラクターの名だ。ラトビアとフィンランドは、バルト海を介した隣国。旧ユーゴスラビアの〇〇ッチのように、あるいは昭和期の日本に於ける〇〇子のようにバルト海沿岸地域の典型的な名前なのだろうか。
クラスラバをGooglemMapで検索し、航空写真やストリートビューで観察する。適度に栄えていながらも、緑豊かで湖水があちこちに見られる大らかな雰囲気がある街だ。中央部には大きな教会があり、博物館や歴史ある学校などが見受けられる。街の南側にはダウガバ川が流れ、北側には小高い丘がある点では風水的にも優れた土地だ。封筒に書かれた住所から検索すると、郊外の閑静な住宅街といった風情の場所から発送されたようだ。ストリートビューに写っているおじさんが送り主なのかもしれない。「Labdien(こんにちは)」と、ラトビア語で思わず画面に声を掛ける。今まで何の縁も無かった土地であるが、妙に親近感が湧く。今まではヨーロッパに行く時にバルト海上空付近を通過するだけであったが、俄然近しい存在となった。もしかすると、〇〇フキンスさんもクラスラバタイムズなど発行して、「カートリッジをTOKYOに発送す!」などと記事にしているかもしれない。
肝心の「カートリッジ」はと言えば、元々付いていた物と寸分違わない。KLUDIの刻印も鮮やかだ。確実な仕事である。「Paldies(ありがとう)、〇〇フキンスさん」。
違う点と言えば、操作部の固さ。古い方はスカスカであるのに対して、しっかりとグリスアップされているため、適度に固い。カートリッジの穴から覗くとグリースが黒いのが気になるが、それは仕様なのだろう。ドイツのメーカーの製品であるだけに、食品機械用などのグリースが使用されているものと信じたい。
それでは、このカートリッジを装着しよう。既に1度中国製のカートリッジに交換済みであるから手慣れた物だ。ものの5分と掛からずに作業は完了。もちろん妙な隙間が出来る事もなくピッタリと納まった。実に気持ちがよい。
改めて封筒右側に貼られた「MUITAS DEKLARĀCIJA/CUSTOMS DECLARATION」、すなわち税関での申告事項を見てみると「Dāvana/Gift」とある。そうか、単にebayで購入したと思っていたが、これはラトビアからの贈り物なのだ。真冬のギフトに心が温かくなる。次の長い休暇は、ラトビアそしてバルト三国を巡る旅でも計画してみようか。「Visu labu(ごきげんよう)、ラトビア」
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